2006年 08月 22日
はじまりはnLDKじゃなく |
世の中には「nLDK」という考え方があります。
リビングとダイニングとキッチンと、あとトイレと浴室と部屋がn個、これらを廊下でつないで敷地に納まるように組み合わせると、間取りが出来上がる、という考え方です。この考え方は、公団住宅51C型の開発から生まれたともいわれていましたが、実際は戦後になって不動産屋さん等の宣伝文句から広まったもので、そもそも建築計画とは無関係な代物です。
昔からの日本人特有の生活感や生活の様相などは全く考慮されていませんし、逆に変わっていく社会情勢や新しいライフスタイルに対応することも出来ません。ただ日本の小学校や中学校では、どんな家が暮らしやすい家か、街づくりはどんなふうにするかといった授業が無いので(欧米には当たり前にあります)、不動産屋さんのチラシのnLDKが唯一つの家づくりの考え方になってしまっているだけです。伝統的でもなければ新しくもないし正しくもない、それがnLDKです。
どうすれば本当に生活しやすく、楽しく快適に、安心して暮らせる住まいがつくれるのか、そう考えると、間取りより少し遡って、そこで為される暮らしの様々な行為、その集積としてのアクティビティをひとつずつきちんと踏まえて、そこから家づくりを始めるしかないのではないか、と考えています。
家に関わる人数は家族その他数人ですが、人々の年齢がどんどん変化していくことも考えると、一人ずつの行為を見極めるだけでなく、多様な集団のアクティビティとして、家事やらのんびりやら暮らしのあれこれのなかの様々な人の様々な動きを、じっくり考える必要があると思います。
「もの」のデザインよりも「こと」のデザインを、とは建築計画学の始祖吉竹泰水先生言葉ですが、その場所をどんなものでつくるかを考える前に(勿論ものづくりは大事なのですがその前に)、その場所でどんなことがどんなふうに行われるのか、そしてそもそもその「場」とはどんな場なのか、ということをしっかり考えるプロセスが大事と思います。
そのプロセスを経たうえで、はじめて構造のこと、断熱気密のこと、耐久性のこと、防犯性のこと、設備のこと、素材のこと…(順不同)などについて、更に考えを進めることになるわけです。
リビングとダイニングとキッチンと、あとトイレと浴室と部屋がn個、これらを廊下でつないで敷地に納まるように組み合わせると、間取りが出来上がる、という考え方です。この考え方は、公団住宅51C型の開発から生まれたともいわれていましたが、実際は戦後になって不動産屋さん等の宣伝文句から広まったもので、そもそも建築計画とは無関係な代物です。
昔からの日本人特有の生活感や生活の様相などは全く考慮されていませんし、逆に変わっていく社会情勢や新しいライフスタイルに対応することも出来ません。ただ日本の小学校や中学校では、どんな家が暮らしやすい家か、街づくりはどんなふうにするかといった授業が無いので(欧米には当たり前にあります)、不動産屋さんのチラシのnLDKが唯一つの家づくりの考え方になってしまっているだけです。伝統的でもなければ新しくもないし正しくもない、それがnLDKです。
どうすれば本当に生活しやすく、楽しく快適に、安心して暮らせる住まいがつくれるのか、そう考えると、間取りより少し遡って、そこで為される暮らしの様々な行為、その集積としてのアクティビティをひとつずつきちんと踏まえて、そこから家づくりを始めるしかないのではないか、と考えています。
家に関わる人数は家族その他数人ですが、人々の年齢がどんどん変化していくことも考えると、一人ずつの行為を見極めるだけでなく、多様な集団のアクティビティとして、家事やらのんびりやら暮らしのあれこれのなかの様々な人の様々な動きを、じっくり考える必要があると思います。
「もの」のデザインよりも「こと」のデザインを、とは建築計画学の始祖吉竹泰水先生言葉ですが、その場所をどんなものでつくるかを考える前に(勿論ものづくりは大事なのですがその前に)、その場所でどんなことがどんなふうに行われるのか、そしてそもそもその「場」とはどんな場なのか、ということをしっかり考えるプロセスが大事と思います。
そのプロセスを経たうえで、はじめて構造のこと、断熱気密のこと、耐久性のこと、防犯性のこと、設備のこと、素材のこと…(順不同)などについて、更に考えを進めることになるわけです。
by ryo-oguchi
| 2006-08-22 00:28
| 家のはなし